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高松高等裁判所 昭和28年(う)817号 判決

控訴人 原審弁護人 三宮重教

被告人 池沢森亀

検察官 大北正顕

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人三宮重教、同米沢善左衛門の各控訴趣意は夫々別紙記載の通りである。

弁護人三宮重教の控訴趣意第一点について。

論旨は昭和二十七年十一月二十一日附起訴状記載公訴事実第四の(二)につき検察官が予備的訴因として追加した事実は公訴事実の同一性を欠き原審が右訴因の追加を許容しその予備的訴因につき有罪の判決をしたのは違法であると謂うのである。仍て本件記録に基き考察するに、前記起訴状記載公訴事実第四の(二)は「被告人は昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員総選挙に高知県より立候補した依光好秋の当選を得しめる目的を以て同候補者の選挙運動者市原幸三に対し同候補者のため投票並に投票取纒め等の選挙運動を依頼しその報酬として同年九月二十四日頃高知市播磨屋町百十三番地白石万次方選挙事務所において金九千円を供与したものである」との訴因であるところ、原審第六回公判において検察官の請求により追加された予備的訴因は「被告人は(中略)依光候補者の当選を得しめる目的を以て昭和二十七年九月二十四日前記選挙事務所において市原幸三に対し選挙人で且つ選挙運動者である山本隆をして右候補者のため投票並に投票取纒め等の選挙運動をなさしめること並びにその報酬として金九千円を供与する情を打明けその承諾を得て右金員を託し茲に被告人は右市原と共謀の上同人において同日高知市蓮池町高知県物産協同組合で右山本に対し前記趣旨の依頼をなしその報酬として金九千円を供与したものである」と謂うのであり、右両個の訴因は供与の相手方、供与の場所、単独犯か共犯か等の点につき相違のあること所論の通りである。しかし二つの訴因が公訴事実の同一性を有するか否かは基本的事実関係が同一であるか否かによつて決すべきであり、基本的事実関係が同一であるか否かはその各訴因を構成する重要な事実が或程度重なり合つているか否かによつて決すべきものと解するところ、前記両個の訴因を比較するに供与の目的物即ち金九千円は両者同一の金員であるのみならず、「被告人が昭和二十七年九月二十四日頃高知市播磨屋町百十三番地白石万次方依光候補選挙事務所において市原幸三に対し金九千円を手交した」という社会的事実において両者共通であり、たゞ主たる訴因はこれを市原幸三に対する九千円供与としたのに対し、予備的訴因は山本隆に供与するため市原幸三に九千円を託したものと観ているに過ぎない。従て前記両個の訴因は基本的事実関係において同一であり、公訴事実の同一性を失つていないものと謂はなければならない。原審が右予備的訴因の追加を許容し該訴因につき有罪の認定をしたのは適法であつて、論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は原判示第二の(四)の事実は誤認であると謂うのである。しかし原判決が証拠として掲げる市原幸三の検察官に対する第一回供述調書謄本及び被告人の検察官に対する第一回供述調書に徴すれば、被告人は原判示第二の(四)記載の日時場所において選挙運動者市原幸三に対し依光候補の選挙運動をなすことの報酬等として金三千円を供与した事実を肯認することができ、被告人は右三千円を右市原の自由な処分に委ねたのであつて、所論の如く選挙運動者山本隆に対し選挙運動の実費として渡して貰うため市原幸三に右三千円を交付したものとは未だ認め難い。(原審第五回公判調書中被告人の供述記載参照。)原審が取調べた各証拠を検討しても原判決の認定が誤であるとはいえず、論旨は採用できない。

同第三点及び弁護人米沢善左衛門の控訴趣意について。

各論旨は原判決の量刑は不当であり殊に被告人に対しては選挙権及び被選挙権を停止しない措置が採られるべきであると謂うのである。仍て本件記録を精査して考察するに、所論の如く被告人は本件行為により私利を図つたものでないことは記録上十分これを窺い得るけれども、本件違反は原判決認定の如く衆議院議員選挙に関し不法に相当多額の金員(計二十五万円)の供与を受け且つこれを選挙運動者に供与した事案であつて、被告人は相当の罪責を免れることはできず、本件についての原審の量刑(懲役一年六月但し三年間執行猶予)は寧ろ寛大であると謂はなければならない。所論の如き被告人の人物、経歴、政治的手腕その他各論旨主張の本件犯情等を十分斟酌しても原判決の科刑が重きに失するとは認められず、また原審が本件違反につき公職選挙法第二百五十二条第三項を適用しなかつたことを以て必ずしも不当であるとはいえない。従て論旨は採用し難い。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人三宮重教の控訴趣意

第一点昭和二十七年十一月二十一日附起訴状第四の(二)には「被告人は衆議院議員総選挙に際し候補者依光好秋の選挙運動者市原幸三に対し昭和二十七年九月二十四日頃高知市播磨屋町百十三番地白石万次方依光候補選挙事務所に於て同候補のため投票竝びに投票取纒め等の選挙運動を依頼しその報酬として金九千円を供与したものである」との事実及びその罪名として公職選挙法第二百二十一条第一項第一号の公職選挙法違反罪が記載されているところ検察官は昭和二十八年七月十一日第六回公判期日に於て右訴因に対し原審判決第二の(五)事実摘示同旨の訴因を予備的に追加する旨請求したるに原審は該請求を許容したる上該予備的訴因に基き「被告人は依光好秋候補者の当選を得させる目的で昭和二十七年九月二十四日高知市播磨屋町白石万次方依光候補選挙事務所で市原幸三に対し金九千円を託しこれを同候補者の選挙運動者である山本隆に対し同人が同候補者のため投票竝びに投票取まとめ等の選挙運動をして呉れることに対する報酬等として供与すべき旨依頼し右市原の承諾を得茲に右市原と共謀の上同人において同日高知市蓮池町高知県物産協同組合で右山本に対し右趣旨の下に右金九千円を供与したものである」と事実認定していることは記録上明かである。

刑事訴訟法第三一二条第一項によれば裁判所は検察官の請求あるときは公訴事実の同一性を害しない限度において起訴状に記載された訴因の追加撤回又は変更を許さなければならない旨規定して居る前記起訴状記載の訴因と予備的に追加したそれとは犯罪の基本的事実関係即ち犯罪の主体(起訴状における相手方が主体に加つている)日時(同日ではあるが時間は同時ではあり得ない)場所及び相手方においてそれぞれ異なり社会的事実は全然別個で犯罪事実の同一性を欠いでいる。従つて右訴因の予備的追加は許さるべきでないに拘らずこれを許容した原審は訴訟手続上前記法令に違反しているのみでなく追加訴因につき被告人の有罪を認定しているので右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかな場合であるから刑事訴訟法第三九七条第三七九条によつて破棄を免れないものと思料する。

第二点原判決は事実理由第二(四)において「被告人は選挙運動者市原幸三に対し候補者依光好秋の当選を得させる目的で同候補者のため投票竝びに投票取纒め等の選挙運動を依頼しその報酬等として昭和二十七年九月二十日頃高知市播磨屋町白石万次方依光候補選挙事務所で金三千円を供与した」旨認定しているが該三千円は市原幸三に対し供与したものでなく同人を介して選挙運動者山本隆に対し選挙運動の実費として渡すため市原に交付し同人はこれを同日高岡郡須崎町国鉄須崎駅構内で山本に手渡している。被告人は原審に於て公訴事実につき事の真否を問わず一切争わない態度を採り自己及び関係者の検察官に対する供述調書の提出に対し全部同意をした為め訴訟記録及び原審で取調べた証拠中から原判決の右事実認定が真実に合致せず誤認であることを信ずるに足るものを援用することができないが真実発見主義を建前とする法意に則りこの点の事実取調を希求して己まない。

第三点原判決は量刑不当である。(一) 被告人は勝賀野貞意より選挙運動資金として数回に合計金弐拾五万円を受取りこれに自ら金弐千円を加えた計弐拾五万弐千円を選挙運動者沼一之外数名に手渡しその間毫釐も私していない原判決は金員授受の趣旨につき選挙運動に対する報酬等と認定しているが報酬が含まれていたとしてもそれは極く僅少で大部分は選挙運動に要する実費である。従つて出納責任者を通じて合法的に支出すれば当然適法な選挙費用として認められるべき性質のものである。(二) 被告人等に於て当選せしめようとした候補者依光好秋は落選して居りなお本事件関係の選挙に依り選出された議員を以て構成された衆議院は選挙数ケ月後に於てその解散を見再び総選挙が行われ新議員ができている今日に於ては被告人等違反者処罰の意義は大半失われている。(三) 原審に於ける証人松原正香の証言に依り明らかな通り被告人には奇病の宿痾があり勾留中その発作が起り精神的肉体的に骨身に徹する苦痛を受けたがその責苦によつて刑罰の目的は既に達している。(四) 被告人には前科等なく性至つて清廉潔白であり本件事実については終始卒直に認め何等隠し立てしたり兎や角弁解をするようなことはなく為めに依光候補関係の選挙違反事件の全貌を白日下に晒し右事件の検察裁判を容易ならしめたこれは犯後被告人に改悛の情顕著なるものが在る一証左である。(五) 被告人は別紙略歴表記載のような経歴を有する者であるが今までに社会人として将又政治人として社会公共の為めに幾多の貢献を為している昭和二十二年四月県議会議員選挙に際し與望を負い高知市より立候補して第一位で当選するや政党政派を超越して厳正中立を守り是々非々主義を以て常に正論を吐き被告人の言動は県民の注目の的であつた混濁せる政界に被告人のような清廉潔白で而も実行力に富み卓越せる政治的手腕ある人物を送り国家再建に寄与させることは何よりも緊要であると信ずる被告人は事業上に於ても成功を収めているが私財の蓄積を図ることなく挙げて育英費や公共の福祉施設費等に惜しみなく投出し殊に最近は池沢プロダクシヨンを設立し既に二宮尊徳、藩政時代に於ける土佐の政治家野中兼山を映画化し両先賢が遺した精神の昂揚普及を企図している。原判決は被告人を懲役一年六月に処しているが前叙諸事情に照しその刑重きに過ぎ殊に選挙権及び被選挙権剥奪の規定を適用しない旨の言渡をしながつたがその結果執行猶予期間中のみならず事実上被告人を永久に政治界からシヤツトアウトして了うことになる。斯くては単に刑過重なるばかりでなく社会的に甚だ損失と謂わなければならない。宜しく被告人が現在まで社会の為め尽して来た功績を多とし特別の寛容を以て被告人から選挙権及び被選挙権を奪うことなく被告人において感激の内に今後一層社会のため貢献を為し得るよう特別の御配意を悃願する次第であります。

弁護人米沢善左衛門の控訴趣意

一、被告人が本件違反を犯すに至つた動機について考えてみますのに被告人は世に所謂選挙ブローカーではありません。被告人が本件選挙に関係するに至つた動機は高知県会議員勝賀野泰長からの強いての希望によるものであります。同人が本選挙運動の最高首脳であることは記録の示す通りであります。同人は依光好秋が追放より解除され立候補するに至つたが高知県は吉田総理大臣の郷里で自由党の地盤であり選挙運動に通じて居る者は夫々その部署についているので他に声望のある人士を求めることが出来なかつたため勝賀野は強いて被告人を自己の陣営に引入れようとし被告人も次期の県会議員の選挙には立候補して前回落選の不名誉を恢復する機会もつくり度いと考えて選挙運動に加はつた次第であります。従つてこれにより何等の金銭的利益を求めたものではないのみならず金銭の授受に関係することはやがて忌はしい選挙違反の問題を起す機会をつくることであるので務めてこれを避けたい心情でありましたが記録にもあります通り心臓肥大心臓神経症等のため言論戦に活動することが出来ないため自然選挙事務所につめて他の運動員の督励につとめ相談に応じている中に費用の要求を受ける様になり遂に本件の違反行為に連座するに至つたものであります。単に下部運動員と首脳者勝賀野との間にあつて費用の授受を手伝はされたというのが事の真相であります。勝賀野は選挙違反に問はれることを恐れて金銭の授受については妻を使い被告人を当らせたわけであります。従つて勝賀野の犠牲となつた次第であります。一審でも申述べました通り被告人は廿八才で郷里高須村長をつとめ、昭和廿二年四月には高知県会議員に挙げられ各種委員会の委員となつております。教育育英保育事業には特に力を致しておる有徳の士であります。被告人の人物手腕力量からみてもこのまま本件のために公人としての資格を失はしめることは社会にとり真に大きな損失と思はれますので懲役刑を相当御減軽の上執行猶予の御判決を賜はると共に公民権停止をとく御恩典に浴させて頂き度いのであります。即ち罪は罪として御処罰を受けても人間池沢の本性を発揮出来る様御配慮賜はるのが真の刑罰であると信じ原審判決の不当を主張する次第であります。

二、特に被告人の如き人物に公民権の恢復を許さないことは刑罰以上の刑罰に値するものと信じます。被告人は特に名誉を重んずる人物であります。かかる人物こそ政治家として現在の社会は要求しているものと信じます。選挙に金のかかることは国民各自の自制によつてこれを遂げねばなりません。選挙は競争であります。相手が手段を選ばんということになれば当方もこれに対抗手段を生ずることは勢の当然といわねばなりません。この点は選挙に対する国民各自の反省によつて匡正せねばならない問題であつて、被告人の如き人物に公民権を停止することは社会的にみて全く逆の効果を及ぼすものと信じます。被告人が選挙によつて利益を図る人物であればこれは選挙に関係せしめてはならないのでありますが、被告人は運動員に金はない費用のかからぬ様に運動してくれと頼んでおります。一般的にみて依光候補は所謂軍資金に乏しいもので金は使つておりません、その証拠に被告人は身銭を立替えて下部運動員の要に答えておるのであります。被告人は決して利益を目的に選挙運動をしたものでないことは明かであります。

従つてかかる人物には是非公民権停止の法条は適用しないことの御宣言を賜はり度いと存じます。

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